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吉田ヨウヘイgroup

楽園の終わり、物語のはじまり

paradise lost, it begins
Pヴァイン
PCD-24405
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2月某日/千葉某所。実はまだサイトオープン前だったこの時期、CARELESS CRITICのメンバーは人里離れた古民家に向かっていました。理由は、そこでとあるバンドがレコーディングをしていたから。最寄り駅までクルマで迎えに来てくれたのは、作曲から大方のアレンジまでを手掛けるリーダーの吉田ヨウヘイ(Vo, G, Alto Saxophone)を中心に、彼と長年活動を共にしてきた西田修大(G, Cho)、星力斗(B)、池田若菜(Flute, Cho)、高橋“TJ”恭平(Dr)、reddam(Vo, Key)からなる“日本のダーティー・プロジェクターズ”こと吉田ヨウヘイgroup。

彼らは3回に分けて行なったレコーディング合宿の2回目に差し掛かったところで、その帰り際、「この作品は自分たちの最高傑作になるかもしれない」と言う言葉を聞いて、無性に胸が高鳴ったことを今もよく覚えている。そうして届けられた彼らの3作目『paradise lost, it begins』は、既に多くのメディアで絶賛されている通り、各メンバーのプレイヤビリティが格段に上がり、以前より存在感を増した鋭い6人の視点が、時に行き交い、火花を散らし、混ざり合い、その様子を追っていくうちに気付けばアルバムが終わっている――文字通り、彼らのキャリア史上最高傑作になった。と同時に、タイトルで表現されているのは、音楽不況とも囁かれる2010年代に未曾有の活況を迎えつつある、日本のインディ・シーンへの視線。つまり『paradise lost, it begins』とは、彼らがその豊かな土壌から未来を切り開く、“始まり”の足音のようなものなのかもしれない。

いよいよこの9月中旬から、彼らは10月27日の東京公演まで続くリリース・ツアーを開始したばかり。今回は、レコーディング現場に潜入した際のフッテージと、完成間もない5月にその詳細を語ってくれた吉田さん、西田さんへの取材とをあわせて、渾身の一作『paradise lost, it begins』が形になる様子を、可能な限り内側からドキュメントさせてもらいました。そうして生まれた楽曲は、ライヴでさらなる進化を遂げるはず。あなたもぜひ、会場で2010年代の日本が誇るロックンロール・バンドの今を目撃してください。

「アイディアの面白さで勝負する。演奏はルーズでいい」じゃなくて、
「そうじゃないよさもあるでしょ?」ってことを表現したくてやってきたし、
揃えたメンバーも「上手くなりたい」という気持ちは共通してるんです。

吉田ヨウヘイgroup - ユー・エフ・オー吉田ヨウヘイgroup - ユー・エフ・オー

――この間はレコーディングにお邪魔させてもらって、本当にありがとうございました。あの場所は前作『Smart Citizen』の時にドラムをレコーディングした場所だったんですよね? 今回アルバム全編を録ろうと思ったのはなぜだったんでしょう?

吉田 もともとフルートの若菜ちゃんの実家が所有していた一軒家なんですけど、あそこはドラムの音にナチュラルに残響がかかって、いい音で録れるんです。だから『Smart Citizen』では、ドラムだけそこで録音して。それがよかったというのと、バンドとしての資金がたまってきたこともあって、今回はそこで集中して、すべてのレコーディングをすることにしたんですよ。

――レコーディングに突入したのは、いつ頃のことだったんですか?

西田 1月4~8日ですかね? それで10日、11日で歌を録って。この間見返してて、こんなに年明け早々から入ってたんだ、ってげんなりしたりして(笑)。

吉田 (笑)最初5泊でレコーディングに入って、その後中1日で歌を録りました。俺と西田くんは絶対にいるようにして、初日は若菜ちゃんも家を空けるために来てくれてて、そこに録音を担当してくれた馬場ちゃんもいて、という感じですね。

西田 今回は3ブロックに分けたんです。1回目が5日間+ヴォーカル録音1泊2日、2回目も5日間+ヴォーカル録音1泊2日、最後が確か5泊6日でヴォーカルも録るという3セットだったんですけど、各セットとも基本的には1~2日目がドラム&ベース、3日目がギター、その後管(楽器)を録って、最後にヴォーカルという順番でずっと進めていったんです。だから最初は、ドラムの録音から始まりました。

――西田さんは、今回初めて合宿地に行ったそうですね。

西田 まず最初は、ちゃんと録れるかということしか気にしてなかったですね。あそこではこれまでドラムしか録ったことがなかったんで、アンプやエフェクターを繋いだら何か問題が起きるんじゃないかという不安もあって。でも現地について、色々チェックして音も出るし、電源も大丈夫だと分かって。その後は、天気もよかったんで一時間ぐらいはアコギを弾いたり、一服したりしてました。

吉田 1回目に向かった時は、もともと演奏していた曲もあったんで6曲録ろうと思っていて、他の回よりタイトだったんです。4曲既に演奏していて、やったことない曲が2曲だったんで、1日目で3曲は録らないと厳しいと思って焦ってる部分もあって。それで1曲やると意外と時間がかかったし、ドラムとベースを同録(同時録音)したらクオリティ的によくなかったんでベースを後録りに切り替えたりもして、焦ってるうちに深夜になった感じでした。

西田 正確に言うと、“シェイプオブシングス”だけドラム&ベースが同録で、あとは別録りですね。ドラム&ベースがしっかりしてないとそこに(音を)積んでいけないと思ったんですよ。

――“シェイプオブシングス”が、今回のレコーディングのはじまりだったんですね。

吉田 “シェイプオブシングス”、“ユー・エフ・オー”、“Music, you all”、“間違ってほしくない”、“グッドニュース”“話を聞いたんだ”がこの1回目の合宿で録音した曲。“シェイプオブシングス”は……OGRE YOU ASSHOLEを聴いてて、コード進行をあまり動かさないでルートをずっと弾いてるような感じのベースとシンプルだけど激しいドラムをあわせたような曲をやりたいなと思って作ったんです。オウガの場合はいい意味でローファイな感じを出してると思うんですけど、やってるうちに「オアシスの“Do You Know What I Mean?”みたいな音にしたいね」みたいなことも話しながらやってました。ドラムはちょっと(スティーヴ・)アルビニみたいな感じにしたいって言ったりもしてて。

OGRE YOU ASSHOLE - ムダがないって素晴らしいOGRE YOU ASSHOLE - ムダがないって素晴らしい

西田 ファズを買ったのがきっかけで作曲したんだよね? これ、ギター的に結構いい話なんですよ(笑)。

吉田 (笑)僕がセカンドでギターをあまり弾かなかったんで、それからサードまでの間にライヴで弾くようになって機材を買うたびに曲を作ってたんですけど、これはファズを買ってリフが出来たんで作った曲なんです。サビのところのギターの掛け合いは、大村(達身)さんがいた頃のくるりみたいに、コードは弾かないんだけどどんどん動かして展開していく、みたいなことをしたいって思ってました。

くるり - ロックンロールくるり - ロックンロール

吉田 次に録ったのが“ユー・エフ・オー”。これはジャズ・ファンクみたいなことで、レアグルーヴっぽいリズムの参考にしたい曲があって、それにカインドネスの“Gee Up”のリフみたいなものをもうちょっと無機質に乗せようと思って作った曲ですね。

Kindness - Gee UpKindness - Gee Up

西田 この辺の曲はライヴでもやってたんで、普段通り出来たらいいな、っていう感じでした。「オッケー、これだったらいけるね」っていう感じだったよね。

吉田 うん。そして次の“Music, you all”はドラムのクリックとかが合わなくて苦労したんですけど、これは手拍子とかも入れてアニマル・コレクティヴっぽくしたかった。

――この曲をアルバムの1曲目に持ってくるのは決めていたことだったんですか?

吉田 アニマル・コレクティヴをアルバム全体の指針にしたいと思った部分がちょっとあったんです。手拍子とかアフリカンな感じというのを、“ポストプロダクション的に素材として使ってる”というのが、たとえばトラックメイカーの人たちみたいにシンセを使うよりも、自分たちには合ってると思って。だから何となく、「アニマル・コレクティヴみたいなものを目指してるぞ」ということを、自分たち自身に宣言したいという気持ちがあったんです(笑)。それで尺を短くして、1曲目にしようと最初から考えていたんですよ。

西田 昔から短い曲をやりたいね、ってことはずっと話してましたね。15秒とか20秒ぐらいの曲を、ライヴの最後とかで出来たらかっこいいと思う。

吉田 で、次に録ったのが“間違ってほしくない”これは生っぽい音ですけど、基本のビートは切り刻んでます。これは自分たちが思っているような「牧歌的に聞こえるけど実はハードな演奏」というものを実現するには、ちょっと厳しい部分があったからなんです。ほんとは時間をかければできるはずなんですが、いまの演奏力とかレコーディング期間では難しいかなっていうのがあって。こういうのを生で録りきるのは次の課題ですね。

吉田ヨウヘイgroup - 間違って欲しくない吉田ヨウヘイgroup - 間違って欲しくない

西田 たとえば今みんなDTMとかをやっていて、それに対して「そういう音楽だと演奏に深みが出ない」って言う人もいますけど、僕はそうは思わなくて。音を正確に並べたものであっても、パーツの強弱とか長さとかで深みを出すことって出来ると思うし。だから、そういうものを(自分たちの方法で)狙った曲でもあると思います。

――レコーディング現場では、録音のチェックを主導している西田さんが、メンバーの演奏を驚くほど細かくチェックしていましたよね。あそこまでやるバンドってそうないと思いますし、結果演奏がどんどんよくなって衝撃を受けた部分がありました。

西田 「演奏自体はあまりよくないけど他のことで加点しよう」みたいなことじゃなくて、出来るだけいいものを残そうと思ったんです。でもこれは、メンバーが本当にやる気をもって臨んでくれてたから出来たことですね。そうすることでメンバーのその後の演奏やライヴもよくなるだろうし、今回はまとまってひとつの場所で時間を取ることが出来たから、効率を無視してもこだわってやらせてもらいました。

吉田 そもそも、アルバムを作り終わった時に考えることという意味で、僕だと次の新しい方向性を示すみたいなことがありますけど、他のメンバーは演奏に心残りがあるとかなり気になってしまうという話があって。だったらサード以降は、そういう稚拙さは残さないでいこう、と思ったんですね。あとは、前作を出してから大きいステージにも立たせてもらうようになっていく中で、自分たちの特徴は何か?と考えた時に、演奏の精度とクリエイティヴィティが結びつく形しかないんじゃないかと思って。色々ライヴに出させていただく中で、自分たちがどういうものを作れるか?という意味で色々考えていたんですよ。

西田 語弊がなければいいと思うんですけど、何ていうか……個人個人の好みみたいなものに関係なく、いいと思わせられるものを作りたかったんです。もちろん、まだ出来てない部分も多いんですけど、目指していれば、いつかそれが出来る日が来るんじゃないかなって。

――自分たちを「好き/嫌い」ではなく、「凄い/凄くない」という価値基準に置くということですね。

吉田 もともと僕みたいに色んな音楽を聴いて変なことをやろうっていうタイプの人って、「アイディアの面白さで勝負する。演奏はルーズでいい」っていう感じになることが多いと思うし、自分も以前はそういう考えだったんですけど、「そうじゃないよさもあるでしょ?」ってことを表現したいな、というのがあって。これは西田くんがガチっとしたものを志向してて、それに影響を受けた部分も大きいんですが。だから西田くんは当然として集まったメンバーも、腕に覚えがある人もそうじゃない人も「上手くなりたい」という気持ちはみんな共通してて。だったら自分みたい人間が書いた音楽にそうじゃない演奏が乗るというのは、表現として強くなるんじゃないかなって感じたんです。それなら、今回は西田くんにその部分を担当してもらおうと思ったんですよ。

――吉田さんと西田さんが役割を分担している雰囲気は、現場を見ていても強く感じました。

西田 自分の場合は、もともとはポストプロダクションへのこだわりよりも、演奏がかっこよければ一発取りそのままでもいいよね、という考えが強いんです。でも吉田さんともう長くやってきて、お互いに「ここはこう詰めた方がいい」と言い合えるようになったし、同時に「自分がこう思ってるんだったら彼もこう思ってるだろう」ということも増えて、お互いに共有しているものが増えてきた。だから可能になったことじゃないかな、と思いますね。

――次は“間違ってほしくない”ですか?

吉田 そうですね。ファーストでは自分がコーラスを作っていたのに、セカンドではあまりやってないというのがあって。それは当時のメンバーがどっちかと言うと管メイン、コーラスがサブっていう人たちだったからなんですけど、今回ハイトーンで立ち上がりが早い声のKUROちゃん(TAMTAM)がサポートしてくれてるんで、ダーティー・プロジェクターズみたいなコーラスが作れるんじゃないか、っていう気がして書いたんです。『Rise Above』と最近のフォーキーな路線をあわせたような雰囲気にしたいと思ってましたね。

Dirty Projectors - About to DieDirty Projectors - About to Die

――この曲は、西田さんのギター・ソロも素晴らしいですね。感情的なプレイというか、ギターが泣いている感じで。

西田 俺はもともとメロディアスな……歌う人が弾くソロ、みたいなものって苦手だったんです。もっと覚えられない感じの複雑なものであったり、抽象的なものが入ってくる方がいいんじゃないの?って思ってて。でもたとえばウィルコとかは、テクニックも突っ込んでいるし、すごく速いパッセージも荒々しい音も入ってるのに、それでもフレーズは歌える、歌いたいようなものになっているというのを聴くほどに強く感じて。ここ数年ずっとそういうものが出来たら嬉しいなって思ってたんですけど、それが今回初めて両立出来たような気がしますね。あと、この曲はアルバムの最後にしよう、しかも最後はギター・ソロで終わろうということも決まってたんで、いいものに出来ないと吉田さんやメンバーに悪いな、という気持ちもありました。弾き終わった後、吉田さんが褒めてくれたんで、だったらよかったな、って思いましたね。

吉田 で、次が“グッドニュース”。これは基本的にはドラムをループで組み上げていきました。そのあとギターやフルートがかなり完璧な演奏をしてくれたんで、それをループに乗せていくうちにどんどんかっこよくなっていった感じですね。「やったことないパターンだけど行けるな」と。

西田 “UFO”とか“シェイプオブシングス”はライヴでやって完成形が見えてたんで、それをいかに完璧な演奏でやるか、という感じだったんですけど、この曲や“間違ってほしくない”は完成形が分かってなかったんですよ。

吉田 実際、自分としては2~3割しか作らずにメンバーに送った曲だったんで、ちょっと息切れした感じもあって、「そういうものってどうなるんだろう?」って思ってて。でもやってみたらよく出来て、バンドの底力が感じられた曲ですね。TVオン・ザ・レディオみたいなループを作って、フルートには室内楽っぽいスフィアン・スティーヴンスみたいなアレンジで吹いてくれって言って作ってくれたものがすごいよかったんで、ああいう16ビートのリズムがはっきりとしてる曲に、室内楽っぽい流麗なフレーズを入れられたのが面白く出来たかな、というのと、この曲はポストプロダクションが一番入ってて、シンセを重ねてるんです。アフロポップとかを色々聴いて、ウィリアム・オニーバーが好きになったりして、シンセのフレーズやパターン、そういうものを色々参考にしてまとめられたのがよかったです。

TV On The Radio - Golden AgeTV On The Radio - Golden Age

Sufjan Stevens - Come On! Feel The Illinoise!Sufjan Stevens - Come On! Feel The Illinoise!

西田 今思い返すと、この曲はみんなが予想よりいい要素を沢山入れてくれた曲ですね。フルートの若菜がアレンジもいいものにしてくれて、演奏自体も完璧で。ほとんど1~2回しか吹いてないんですけど、バキバキに全部自分もベストだと思ってる場所に(音を)ちゃんと入れるし、テンションが上がることが多かったというか。フルートのアレンジがよくて、自分自身、実はちょっと落ち込んだりもしたぐらいなんですよ。自分のよりすげーいいなって……。

――はははは。

西田 それにKUROちゃんのコーラスも、メイン・ヴォーカルっぽいかけ合いのところもすごくよかった。最初、吉田さんがこの曲でどう歌うのかが想像できなかったんですよね。TVオン・ザ・レディオみたいに歌うっていうのもすこし違うと思うし。でも吉田さんも思いっきり強気で歌い続けて、まるでダウンタウンの浜ちゃんが……。

――浜ちゃん……?

西田 僕は浜ちゃんの歌って朴訥としていて、それでいて堂々と真ん中を歩いてる感じがしてすごい好きなんですけど、この曲ではまるで吉田さんが浜ちゃんみたいになったというか……(笑)。

吉田 (笑)で、次にレコーディングしたのが “話を聞いたんだ”ですね。最終的にはあまり分からなくなってると思うんですけど、ドラムのノリが速くなりすぎて。

西田 いつもテンポを速めに設定して、それでちょうどいい感じになってたんですけど、トン(高橋“TJ”恭平)が気合を入れてくれて、レコーディングだから正確に叩いてくれたんだと思います。

吉田 結構そのテンポで進めてしまって、俺たちも気づかなかったんですよ。そしたら同時録音するためのベースが入れられなくなって、それで2回目にチャレンジしてた時が、ちょうどレコーディング現場に来ていただいた時だったんです(笑)。

――あの現場はそういう場面だったんですね。

吉田 この曲ではキャプテン・ビーフハートのファーストみたいな曲をやりたいって思ってたのと、途中にヴァンパイア・ウィークエンドみたいなアフロポップっぽい「トゥットゥ、トゥットゥ」ってはねる部分があると思うんですけど、あれをやってみたい、って思ってて。

Vampire Weekend - A-PunkVampire Weekend - A-Punk

西田 あと、キャプテン・ビーフハートみたいな曲に、相対性理論みたいなヴォーカルを乗せるっていうのは言ってましたよね?

吉田 あっ、そうだ。キャプテン・ビーフハートからおじさんっぽさを抜くっていう発想だったんです。フルートは、そこにJ・ディラの“Fuck The Police”っぽい曲を乗せてくれって言って若菜に作ってもらったら、これもすごくいいものになって。

相対性理論 - ミス・パラレルワールド相対性理論 - ミス・パラレルワールド

J Dilla - Fuck the PoliceJ Dilla - Fuck the Police

西田 このレコーディング、みんな大変だったけど、すごく楽しかったよね。

――ここでレコーディングの前半が終了ですね。現地に行ってみて初めて分かったこと、気付いたことなどはありましたか?

吉田 録音してもらった馬場ちゃんにしても、前から一緒に仕事をしていて気心の知れた仲だったんですけど、西田くんもいる環境でシビアな録音をしてもらうのは初めてだったことに行ってから気付いたんです。彼女もプロだから「こうしたい」という意志があるし、どう進めればいいとか、レコーディングの方法みたいなものもちゃんと考えなきゃいけないなって思ったりして。それを1ヵ月ぐらいずっと考えて、そのまま2月に突入する感じでした。

西田 音楽的に「これは違う」っていうことはなかったんですよね。単純に進め方の問題というか。

吉田 うん。そういう面で、「これじゃもたないんじゃないか?」っていう気持ちがあって。でも演奏は今までに比べて群を抜いてよかったんで、「いいものになるな」ということは感じてました。これまでの僕らは、全部が合わさってごちゃっとするから演奏が上手そうに聞こえるということしかやったことがなかったけど、今回は「一個一個が全部いい」演奏を積み重ねていく方法だったんで、その違いは結構感じていたと思いますね。

“グッドニュース”とかだと、初めて基本的なものしかない状態で投げて、
自分以外の人が、僕の感覚を理解してアレンジを作ってくれた。
解像度が上がったのは、メンバー全員の力があったんだと思いますね。

――では、2回目以降のレコーディングの話を聞かせてください。

吉田 そもそも、1回目の録音では自分のサックスが納得いかなくて、音もペラペラだったんです。

西田 でも、2回目は上手くいくことが多くて、そこで士気が上がった感じでしたね。あっ、さっきの“間違ってほしくない”の話は2回目か! 1ヵ月練習して弾けるようになったんだ。

吉田 あっ、そうだね。それもそうで、1回目のレコーディングで大変なものを残したまま2回目に突入したもののが、この時期にどんどん上手くいったんですよ。

西田 “サバービア”“キャプテン・プロヴァーヴ”“フューネラル”がこの辺りで完成したもので。

――“サバービア”は、特に爆音で聴くとドラムから何からアンサンブルがものすごいですよね。完成版を聴いて本当にぶっ飛ばされました。

吉田ヨウヘイgroup - サバービア吉田ヨウヘイgroup - サバービア

吉田 自分たちでもテンションが上がったのが、高橋のドラムがすごくよかったんですよね。ジャズのジャマイア・ウィリアムスを参考にして彼が叩けるかどうかも分からないままパートを作ってみたんですけど、そしたらかなり練習してきてくれて、すごい感動したというのがあって。それで行けるって思ったよね?

西田 うん。これは確か、ギター、ドラム……ってベーシックを取った時にすごくよくて、フルートも素晴らしいものが録れて。“ユー・エフ・オー”が俺たちにとっての推し曲って感じだったんですけど、それに匹敵するものが出来て、少し気が楽になった部分もありました。

吉田 今回はプリプロダクションで色々加えたり、すべてを決めきらないまま突っ込んだんで、レーベルのA&Rとかは、曲が弱いんじゃないかっていう感想も持ってたんです。自分たちでは信じてるけど、そう言われると「そうなのかもしれない」と思う部分ってあるじゃないですか。そういう不安と戦いながら曲がちゃんと光ってきた、って感じられたのがこの辺りの録音には多くて。“サバービア”は去年11月に大谷能生さんにライヴを呼んでいただいて、「何でもいいからカヴァーを1曲やってくれ」って言われたんです。で、僕はGROUND-ZEROがすごく好きで、GROUND-ZEROがやっているヴィクトル・ハラの“平和に生きる権利”のアレンジを参考にカヴァーをやったんですけど、それを僕らのA&Rが観て「ああいう曲があったらいいんじゃないか」と言って最後の方に出来た曲でした。ドラムも、西田くんが「こういうパターンがいいんじゃないの?」って持ってきたパターンが使われてるんですよ。

西田 考えてみると、そういうのって初めてのことだよね。あとはトンがサビをロックっぽくしたいっていう話をしていて、でもそれだと(曲のノリがスムーズに)流れねえよって話にもなって……サビの部分のギターのイメージは実はちょっとだけビルト・トゥ・スピルっぽくしたんです。星もトンもそうだけど、それぞれそういうことをいいバランスでやってくれたな、という風に思いますね。

――そうしてプレイヤビリティが上がった結果なのか、これまでの吉田ヨウヘイgroupの楽曲は“吉田さん”“西田さん”という2つの大きな視点が曲の根幹をなしていたのに対して、今回はそういう視点がいくつも動いているというか、演奏の中心点が増えているように感じられます。

吉田 前からそうしたいとは話してたんですけど、今回初めてそうなりそうな場面が何度もありました。もちろん、まだまだのところも沢山あるんですけどね。

西田 でも、見てくれる人にそう見えるようになってきてる、というのは嬉しいよね。

吉田 次の“キャプテン・プロヴァーヴ”は、転調とかってこれまではやったことがなかったんですよ。自分の場合、上に乗るギターや管楽器によって複雑さを担保してる部分があったんで、骨格をむき出しにすると実は本当にシンプルというのが前作まではほとんどだったんです。でもこの曲では、スティーリー・ダンとか、KIRINJIみたいなコードとか、これまで挑戦していなかったことをやってポップなものにしよう、というのが考えていたことでした。ウェルドン・アーヴィンの“アイ・ラヴ・ユー”っていう、メロディの中で転調してる曲があるんですけど、若菜ちゃんが絶対音感を持ってるんで「これどうなってるの?」って譜面を書いてもらったんですよ。それで曲の構造を理解して、いいと感じたものを残しつつ自分のものに組み換えたらKIRINJIとかに近い雰囲気になって。そうすると、「これだったらスティーリー・ダンみたいなギター・ソロが乗るんじゃないか」って。“Kid Charlemagne”のソロが好きだったんで、(外部からセッションに参加した)ラリー・カールトンみたいなソロを西田くんに弾いてもらったんです。

Weldon Irvine - I Love YouWeldon Irvine - I Love You

Kid Charlemagne- Steely DanKid Charlemagne- Steely Dan

西田 これは強調したいんですけど、他メンバーの演奏がすごくよかったんです。星もトンも、若菜もreddamもそうで。だから自分も普通だったらすこし正否がヤバくなるようなプレイを突っ込めたんですよね。

吉田 今までは、自分たちの音が変わってるということを表現するために、西田くんにはノイジーなギターを弾いてもらうようにお願いしていて、ワウを使ってカッティングするとか、「上手い人が普通にやるようなプレイは極力やらないでくれ」って言ってたんです。でもこの曲は他のメンバーの演奏だけで成立する部分を感じたんで、西田くんに「普通のことをやってみてもいいんじゃないの?」って言えた。地味ですけど、そういう挑戦があったんですよ。

――バンドのケミストリーとしては、実はドラスティックに違うことですよね。

吉田 そうですね。普通のことをやるのが怖くなくなったというか。

西田 吉田さんは、それこそ初期の頃は複雑だったり転調したりするような曲を沢山作ってたと思うんです。それが最近はもっとシンプルなものになっていて、そういうものを久しぶりに作ってみた時に、一番ありえるのは「いいけど頭でっかち」なものになるってことだと思うんですけど。それが今までで一番、複雑なものを自然に出来るようになったと思うんですよ。

吉田 曲のタイプが違ってもなんとなく自分らしさみたいなものを出せるようになってきたかな、とちょっとだけ感じられるようになりました。

――ああ。同じような魅力を感じるアーティストや作品というと、何か思いつきますか?

吉田 やっぱり、ダーティー・プロジェクターズとかはそうですよね。あの人たちの曲って、構造も複雑だし、コーラスやギターも変なのに、結局誰でも歌えるようなものにしかなってないですから。

西田 僕はバトルスの“アトラス”とか。実はあの作品って、印象ほど複雑な構造にはなってなかったりすると思うんで。

Battles - AtlasBattles - Atlas

吉田 うんうん。

西田 あとは……YUKIの“JOY”。あの曲はポップ・ソングとしてトップクラスの楽曲だと思います。使ってるコード自体は4つくらいしかないと思うんですが、何度聴いても全く飽きないし、ぐっと来るものに溢れてる。……今挙げたもの、それぞれ意味は違っちゃうかもしれないですけど。

YUKI - JOYYUKI - JOY

――いえいえ、めちゃくちゃ面白いです。そして次が……?

西田 “フューネラル”。

吉田 ジャズって3管4管のものって結構あって、僕は好きなんでよく聴くんですけど、イントロがあって「ここから歌が始まったらいいのにな」って思う瞬間が結構あって。だから今回やってみました。チャールズ・ミンガスの“グッバイ・ボークパイ・ハット”のメロディを模してて、コード進行だけで言えばあの曲と7割ぐらい一緒っていう。

西田 デモを聴いた時にすげえな、と思ったんですよ。Aメロとかも、歌メロが入る前のデモは複雑で覚えられねえなって感じだったんですけど、それがポップになってて。しかも、ちゃんと吉田さんのメロディになっていて、それがこのコード進行に乗るっていうのが凄いなって。最初は、コンセプチュアルでいいダシになるものの、自分だったら飛ばして聴く曲になりかねないとも思ってたんですけど、そうならなくてよかったですね。

――そもそも、アルバムの全体像としてはどういうものを考えていたんですか?

吉田 バンドのアイディア帳がDropboxにあるんですけど、それは曲ごとに色々で、そういう色んな曲がひとつひとつ積み重なっているものというか。それぞれの演奏には共通する個性があると思うんで、それによって1個の巨大なまとまりになるんじゃないか、っていうイメージでした。アニマル・コレクティヴの作品みたいに「なんとなく全体で統一されたものはあるけど、1曲1曲は覚えてない」みたいな。だから実際は、その割には1曲ごとにパキッとしたなっていう感想ですね。

西田 思ってた以上に、みんなが1曲1曲に圧をかけたんだと思うんですよね。俺が曲を作ってたらまた違うと思うんですけど、自分はただ録るというだけなので。仮に吉田さんもエネルギーが100残っているとしたら、100演奏に使っちゃえるし、他のメンバーもそうじゃないですか。だから“キャプテン”とかもフルートがバキバキに入ってきて、いい意味で聴いてたら疲れる、みたいな。

――ああ(笑)。

西田 “サバービア”にしてももっと牧歌的に仕上がる可能性だってあるはずなのに、ドラムがサビでフィルを心から思いっきり叩いてるから、聴かなきゃいけないというか。そういうのが入っていったことで1曲1曲が重くなっていったんですよね。だから……いいことだったんですかね。

――間違いなくいいことだと思います。

吉田 あと、前作の最後に(森は生きているの)岡田くんに「ポストプロダクションはこうした方がいいんじゃない?」ということを色々言ってもらって、今回のアルバムではよりそういうものを融合しようと思ったんです。それでポストプロダクションとバンド・サウンドが混ざったようなものを何となく探してて。その中で自分たちとの相性がいいものとして、「ああ、TVオン・ザ・レディオの『Dear, Science』だな」、と。そういうループを使ったものだったら、メンバーに一個ずつループを作ってもらって、それを積み重ねたら出来るんじゃないかな、と思ったのが最初ですね。でも曲でやりたいことやアイディアはそれぞれ違って、自分がどういうことをやりたいかは西田くんとも話したりして、曲ごとに挑戦をひとつは入れようと思ってました。

西田 今回のアルバムは、全部の曲にそれがあるんじゃないですかね。『From Now On』の時もこうしたいというアイディアはありましたけど、それが『Smart Citizen』を作った時により明確化して。今回はその細かさや情報量みたいなものがより増えたんじゃないかな、と。

吉田ヨウヘイgroup - 霧のように吉田ヨウヘイgroup - 霧のように

吉田ヨウヘイgroup - ブールヴァード吉田ヨウヘイgroup - ブールヴァード

――情報量は本当に増えていますよね。“解像度が上がった”みたいな感覚というか。

吉田 これまでは8割、もしくは少なくとも6~7割のアレンジは僕が詰めてもっていく形だったんです。でも今回の“グッドニュース”とかだと、初めて基本的なものしか入ってない状態で投げて、それにみんながループを作ってくれたんで、自分以外の人が入って来て、僕の感覚を理解してアレンジを作ってくれた部分があって。だから解像度が上がったというのは、僕だけで出来たことではなくて、メンバーの力もあったんだと思いますね。

――なるほど。

吉田 で、最後は“イメージ・トレーニング”と“パラダイス・ロスト”か。“パラダイス・ロスト”は行くまで出来てなかったんですけど、これはクリックがないようなフリー・テンポな演奏をしたいなと思って。直前まであったドラムもベースもなくして、ギターだけにしました。最終的には音をこもらせて変な感じにしてるんですけど、これも、俺はクラシックというか印象派の作家……ドビュッシーみたいな人の音楽ってすごい好きだなって思ってて、そういう和音を調べるために若菜ちゃんに音大の図書館に連れていってもらったんですよ。それで、(ダリウス・)ミヨーの曲ですごくいいと思った曲があって。そのコード進行を聴いたりして作った曲ですね。でも、俺の声が、サックスを練習しすぎてつぶれてるんです。声が出なくなっちゃって。そのせいで、ヴォーカルを取らずに(レコーディング合宿から)帰る、っていう話になったんだよね?(笑)。

西田 そう(笑)。今だから笑い話にできるけど、大変だったんですよ。気持ちも落ち着かないじゃないですか。アクシデント的には一番でかかったよね。

――3回目の合宿とあって、疲労が蓄積されてた部分もあったんでしょうね。

吉田 そうですね。最終的に、本当に傷みたいになっちゃって。3月頭から2ヵ月かけて、今ようやく治ったところなんです。ストレスとかそういうものも関係してるのかもしれないですけど。

西田 それは他のみんなも色々あったと思いますね。

吉田 だから、最終的なミックスの日を4月4~5日にしてたんですけど、歌はそこで録りました。できるだけ引き延ばして、本調子に戻ってから録ろうと思って。頑張ってテイクを選んでもらって、かつちょっと引っ込むようにしてもらって音像を変えた、という感じでした。

――そして最後が、“イメージ・トレーニング”ですね。

吉田 “イメージ・トレーニング”は、ジャック・デジョネットの曲に2管の好きな曲があって、そいうものをやってみようと思って歌モノを作ってみたら、ちょっとパンチが弱いなって感じたんですよ。それでセイント・ヴィンセントやマイ・ブライテスト・ダイヤモンドを聴いていて、メタルみたいなギターとシンセを完全に同じタイミングで弾くとギュインッっていう耳を持っていくような音が作れるんじゃないかなと思って。そういう今っぽいUSインディ的な音とジャズとを混ぜ合わせようと思ったんです。

St. Vincent - Birth In ReverseSt. Vincent - Birth In Reverse

西田 セイント・ヴィンセントは若菜がもともとめちゃくちゃ好きで、吉田さんも好きで、でも俺はあまり聴いてなかったんです。それで若菜に借りて聴いたんですけど、あの人ってパンテラが好きだったりするんですよね。そういうものがダサくなく入ってた方がいいよねって話は昔からしてたんで、より「そうだよね」って話になって。

吉田 あの人の作品って、ギター・ヒーローみたいな人を別の人がコントロールして生まれたサウンドだと思うんですよ。僕も西田くんに弾けるだけ弾いてもらって、それを自分が考えるサウンドの中に閉じ込める、みたいに作ってる部分があったんで、「これだったら出来るな」って思ったんですよね。

西田 そういう意味で言うと、録音は基本俺が仕切って進めさせてもらったんですが、俺のギターの録音は吉田さんが仕切ってくれたんです。それは結構個人的にはでかくて、吉田さんが「いや、そこもっといけるでしょ」って無茶言って詰めてくれるんで、いいサウンドになった部分が多くありました。今までで一番、ギターを付きっきりで見てもらったんですよ。

ファーストでやってきたこと、セカンドでやってきたこと、
それから、このバンドの前にやってきたこと/できなかったこと――。
今回はそれを全部詰められたんじゃないかなって。
俺たち2人も、メンバーもみんなそうなんじゃないかなって思うんですよ。

――そうやってすべての合宿が終わった時、どんなことを感じていましたか。

吉田 僕のヴォーカルが終わらなかったんであれですけど、2曲を録って合宿所から帰る時のことで言うと、その時は「これからポストプロダクション頑張るぞ」「ここで終わっちゃいけない」っていう気持ちですね。

――むしろこれからが正念場だ、という。

吉田 そうですね。でも難しいのが、自分達でもこんなに演奏を上手く出来るとは思ってなかったんで、大事に録った分、「せっかくの演奏を大切にしなきゃいけない」という感覚もちょっとあったんです。当初は出来た演奏を切り刻んだりしようと思ってたんで、正直結構悩んで。それに、前回は演奏がいい意味でラフなところがあったんで後から打ち込みを重ねてもごちゃっと混じったんですけど、今回はそうじゃなかったんで、打ち込みを足すとズレちゃったりもして。だからポストプロダクションを始める段階になって、思っていたスタートラインと結構違うところに来ちゃってたことに気付いたんですよ。それで一週間ぐらい色々悩んだんですけど、僕らはトラックメイカーではないし、憧れてるけど、TVオン・ザ・レディオみたいなプロデュース能力に自信があるわけでもないから、「今出来ることをやろう」っていう方向に切り替えたんです。セイント・ヴィンセントとかを聴くと分かりやすいですけど、打ち込まなくても最新の音っていう印象になるじゃないですか? ギターのハイが効いてて、すごく耳に痛い、みたいな。アニマル・コレクティヴだって、アコギの上でチャキチャキなってる音の質感だけで、新しい感じを出してて。だから、そういうことを考えてミックスの作り方を変えていった、というのが3月ですね。アコギとかもクラップとかもかなり録ってたんで、実は不得意なことを詰めなくても、出来るんじゃないかなと思うようになっていったんです。

――実は無意識的に、最初からそういう方向に向かっていたのかもしれないですね。

吉田 結局“グッドニュース”しか、もともと考えていたポストプロダクションにはなっていなくて、他の曲はこれ以上にごす形にはしない方がいいと思ったんです。

西田 万全の準備も出来ていてばっちりはまった演奏はもちろん超いいんですが、やっぱり苦労して録った演奏のよさってのもあると思うんですよね。つまり、超頑張って弾いたからこそ出るスピード感があるし、同じものを余裕を持って弾ける人が弾いたものより、ぎりぎりで弾いたフレーズがよくなることってありえると思う。今回はそういうものも作品に入れることが出来て、全部総合してベストな形になったと思ってるんですけど、そういう部分もあって当初考えていたこととは違うものになったのかな、という感覚がありますね。

吉田 うん。僕も漠然と考えてたんですけど、ブルックリンとかUSインディとして聴かれてるものには打ち込みもあれば生演奏のものもあるのに、でも、そこに何かしらの共通点を感じたりするわけですよね。だから、そうした雰囲気に混じるようなものを入れることが出来れば「その手法は彼らと同じものではなくてもいいし、むしろ自分の得意なものでいいんじゃないか?」って思ったんです。次回以降はもっとポストプロダクションに寄せたものになる可能性もあるけど、今はまだそこまでしなくていいかな、って。

西田 逆にウィルコみたいに一発録りの作品が出来ることもあるかもしれないですしね。

――今回のアルバムを完成した後に聴いてみて、「もしかしたら自分たちはこういうメッセージを表現したかったのかもしれない」ということに気付いた部分はありましたか?

吉田 すごい単純なことですけど、僕自身では今の自分たちなら、熱量とかかけた時間とか、想いみたいなものがその作品の魅力になって表われるんじゃないか?っていう直感が何となくあって、その通りの作品になったんじゃないかな、という感覚はあったと思います。

西田 吉田さんも僕も、今の音楽シーンに警鐘を鳴らしたり、自分たちの括られ方に対してそうじゃないものを示したり、ということはあまり考えないんですよね。だから今作もそういう意味での思想はやっぱりないんですけど、でも、ファーストでやってきたこと、セカンドでやってきたこと、それから、このバンドの前にやってきたこと/できなかったこと――今回はそれを全部詰められたんじゃないかなって。俺たち2人も、メンバーもみんなそうなんじゃないかなって思うんですよ。

吉田 あとは、憧れの人に会う機会が増えたり、インタビューで話す機会が増えたりする中で、自分たちが当たり前だと思ってたこと、外に出すものじゃないって思ってたことに共感してもらえることが増えてきて。そうやって自分たちで考えてきたことが素晴らしい、って言ってもらえる機会が増えた。だから今回は、自分たちがちゃんと考えたものを、自信を持って出す、ということをやってみたんだと思います。

――歌詞のメッセージ性が上がっていることも、それに関係しているのかもしれませんね。

吉田 作品をリリースして、聴いてもらうことにちょっとづつなれてきたというのがあるので、外向けに言葉を出すということが少し恥ずかしくなくなったんだと思います。

――中でも印象的な歌詞を持つ曲がいくつかあると思いますが、最後に何曲か、その内容について教えてもらえますか? まずは“Music, you all”から。

吉田 抽象的に誰でも共感出来るようなテーマ――本とか映画とか文化一般のことにしたんですけど、西田くんともう5年ぐらいバンドを一緒にやってきて、最初に考えていたことって当時はライヴハウスの人とかに強く否定されたり、来てる人にも「難し過ぎる」「分からない」って言われたりして、理解してもらうことは出来なくて。でも、そこからずっと、何となく大事にしてきて、今出してみたものというのが今回のアルバムには結構あるんです。「俺たち何やってるんだろうね」って思ってたことが、光り出してきた瞬間というのがあって。その積み上げ感みたいなものを、誰にでも分かる形で話せたらいいなというのは考えてました。

――ここで歌われている「きみ」は、自分たちがずっと思い描いてきた理想の音楽のことですよね?

吉田 そうですね。ちょっと偉そうですけど、自分の中で初めて少しだけ達成感を感じることができた1年だったので、それを表現しようと思って書いたんです。

――吉田ヨウヘイgroupは目標やハードルが無限に上がっていくタイプの人たちの集まりだとは思いますけど、その理想に近づいている感覚は確かにある、ということですね。

吉田 そうですね、まだまだ全然ですけど。

――そしてもうひとつは……やっぱり“間違ってほしくない”。

吉田 この曲は、仮歌の時点でそもそも「間違ってほしくない」って歌ってたんです。それに引っ張られて他のところを作って。このフレーズ自体が出てきた理由は覚えてないんですけど、ちょっとポリティカルなことであるとか、何となく感じている違和感みたいなものを、自然に歌える気持ちになった曲で。自分にそういうことを言うだけの勉強が足りてるかと言えば足りてないと思うし、そもそも、言おうと思えるようになったのは音楽を続けてきた結果なわけだから、ひたむきに音楽自体をもっと頑張るってことに集中しなきゃというのがあって、だからはっきりとしたメッセージとしては出したくなかった。でも、自分の周りの人でポリティカルなことを言っていて、そうだよなと思うこともあるのに、全然思った人が当選しなかったりするみたいな違和感があって、それを何となくの形で出せたらいいと思ったんです。それならラヴソングの体裁を借りるのがいいんじゃないかって。世の中や政治ってことだけじゃなくて、たとえばCDが売れないっていう話もそうかもしれないですけど、今の世の中を見渡してみると、ネガティヴに捉えようと思えばそう出来ることが多いですよね。

――ここ何年かの間、ネガティヴに振れる人は極端な形でネガティヴに振れていく様子を僕も何度か見てきたので、実感としてよく分かります。

吉田 個人の幸せとマクロな幸せのズレをどう考えるのかということって本当に難しくて。僕らにしても、本当に不思議なんですけど、音楽シーン的には厳しいと言われる状況になって、やっとバンドが軌道に乗り出した部分もありますし。今回の『paradise lost, it begins』というタイトルにしても、ザ・ナショナルのブライス・デスナーが(編纂したコンピレーション)『Dark Was The Night』のタイトルを決める時に、「『Dark was The Night』というタイトルのうしろに続ける言葉があったとしたら何ですか?」って聞かれて、「『Bright Is The Day』」って答えてたんですけど、同時に『Paradise Lost』っていう候補もあったみたいで。そういう、暗いものと明るいものとを合わせたものにしたかった。日本でも、森は生きているのセカンド・アルバムが出た時に、音楽の力が面白いと思える契機になるんじゃないかな?と思う部分があって、それが評価されていく様子を見てすごくいいなと思って。そういう“新しい夜明け”みたいな感覚を表現したかったんです。

――このバンドだけではなく、周りの人や自分を取り巻く環境があって、今回のアルバムが出来ている部分もあると。

吉田 そうですね。そういう感覚を言い表せたらなぁって。

――では、吉田さんと西田さん自身は、今の状況はポジティヴだと思っていますか。それともネガティヴだと思っていますか。

吉田 それはすごく難しい質問だと思うんです。10年前だったら自分たちのCDの売り上げは10倍だったかもしれないという気持ちもあるけど、でも一方で、すごいものを作れば、それでやっていけないわけがないという気持ちもある。それを実際にやっている憧れのバンドも存在するわけで。今の時代はきついって言うのを聞いて100%共感出来るかというと、僕はそうじゃない。だから、暗いとも思ってないんじゃないですかね。

西田 うん。すごく大変かもしれないけど、出来るかもしれないし。それに、僕ら自身は今「もしかしたらそういう方向に近づいていってるんじゃないか?」って感じが、凄くしてるんです。だから、そういう意味ではポジティヴなのかもしれないですね。